2016年1月23日土曜日
2015年12月16日水曜日
コバルトブルーの湖
まだ自分の表現方法に出会ってなかった頃、
ある時期、周りの友達はみんな、絵や音楽で自分を表現するアーティストの友達ばかりだった。
ある時期、周りの友達はみんな、絵や音楽で自分を表現するアーティストの友達ばかりだった。
彼らのぶっとんだ話や、インドやタイに行った話を聞きながら、その中でとても疎外感を感じる日々。
そんなある日、キラキラ光る、コバルトブルーの湖の夢を見て、それから頻繁に、夢の中でその湖に出かけるようになった。(けれど、その湖のそばまでは行くんだけどなかなか恐くて近づけなかった。)
そしてある時、雑貨屋さんで石を買いました。
絵を描く友達が、「この間、セドナに行ってきてヴィジョンが見えたの。地下にも世界があってね ..... 」というなんだか不思議な話を聞いたばかりだったので、セドナ産のターコイズが気になったんだけど、手に取ったのは『生めのう』という石でした。
絵を描く友達が、「この間、セドナに行ってきてヴィジョンが見えたの。地下にも世界があってね ..... 」というなんだか不思議な話を聞いたばかりだったので、セドナ産のターコイズが気になったんだけど、手に取ったのは『生めのう』という石でした。
帰りのバスの中で、なんでこの石を選んだんだろうな〜と、その石を見ると、外側はゴツゴツしてるけど、途中から裁断されてあって、外からは見えないけど切ってあるところから中のキラキラした水晶が見える。
その中のキラキラをずっと見てると、あの夢の中に出てくるコバルトブルーの湖のキラキラと重なって、それはまるで「そのキラキラは、あなたの中にもあるんだよ ..... 」って、石が教えてくれてるようでした。
外側からはわからないけれど、誰の心の奥底にもある、創造性の源泉。
そういうものを『Open the Creativity』では探っていきます。
西洋心理学が基になるゲシュタルト療法から、インドの瞑想的な質を帯びながら発展していった、スターサファイヤというワークで内面を探り、ダンスシアターの手法を用いて、内側からの錬金術的変容を外側に表現していきます。
何もないところから、何かを創造していく。
ワークショップ全体は12/26,27ですが、12/25に、2日間を通してどんなことをやるのかプチ体験していただくプレイベントをやります。
2015年12月3日木曜日
道化(clown)とは .... ?
祝祭が男女や階級といった日常的秩序の逆転を目ざし、いわゆる「逆(さか)さまの世界」の現出を目ざすように、役割としての道化も、たとえば両性具有的であるなど、徹底的な両義性を特徴とする。モトリー(だんだら服)とよばれるそのちぐはぐな衣装に道化の両義性は象徴される。日常世界の二項対立的な範疇(はんちゅう)の境界域に出没して、世界がどちらか一元的な価値観へと硬化するときには、抑圧された側の価値観の側から、そうした世界を嗤(わら)い攻撃する。社会への風刺者という形をとるわけだが、社会道徳は概して、人間が肉体をもつゆえの猥雑(わいざつ)さ(性、飲食、排泄(はいせつ))を抑圧する傾きがあるため、その批判者たる道化は逆に、人間の肉体性を誇張する。人間を精神性や合理性とひとまず切り離してただの肉体、風の通り抜けていく袋とみるような肉体観を道化は体現している。ちなみに「フール」のラテン語源フォリスfollisは、「袋」ないし「鞴(ふいご)」を意味するのである。
あるいは、道化はもっと深い次元で人間生命力の抑圧された無意識の部分を表現しているということもできる。すなわちフロイト心理学でいうエスEs(本能的欲動。イドidともいう)ないし快楽原則を、ユング心理学でいうアーキタイプArchetype(元型)を表現する。文化が人間の肉体的猥雑さを抑圧し精神に優位を与えようとするとき、道化は抑圧された肉体性を担って表れ、文化の硬直化に対して、「補償」(ユング)として機能するのである。
こうして道化は、日常的世界が抑圧するさまざまの要素(性、暴力、破壊、蕩尽(とうじん)、放恣(ほうし)、非合理)を表現し、そういう負(ふ)の役割を担うことで文化に平衡を保たせてきた。それは、硬直しつつある共同体が自らを活性化するために要請する、笑いを方法とした安全弁なのだということができるし、それで社会が賦活(ふかつ)するとすれば、道化には古代の民俗的豊穣儀礼にまで淵源(えんげん)するとおぼしい活性化機能があるのだということになる。さらに安全弁としての機能を果たした道化を追放することによって、社会がふたたび日常的世界に戻っていくのだとすれば、道化にはスケープゴートとしての役割があることにもなる。道化はその過剰な性的表現を介して世界に豊穣をもたらし、社会に平衡を保たせ、文化の更新に力を貸しながら、その役割を果たせばふたたび抑圧されねばならない。
『コトバンク』より転載
「Open the creativity」12/26,27
〜内なる男性性と女性性のクリエィティビティに光をあてる〜
ワークショップ詳細:http://bettybearscabaret.blogspot.jp/2015/11/open-creativity.html
〜内なる男性性と女性性のクリエィティビティに光をあてる〜
ワークショップ詳細:http://bettybearscabaret.blogspot.jp/2015/11/open-creativity.html
2015年6月25日木曜日
暗黒の女神 カーリーの踊り
インドの神話って面白いなぁ 。
さて・・・アスラという暴力的で好戦的な炎の神がいました。
彼は非常に長く苦しい修行を続け、いよいよ満願の日を迎えました。
するとそこへブラフマーが現れたのです。
ブラフマーはアスラに言いました
「願いをひとつかなえてやろう」するとアスラは
「不老不死にしてくれ」と言います。
「それは無理だ。違う願いにしろ」ブラフマーは彼の強引な言葉にたじろぎます。
「それなら、オレは女に命を奪われて死にたい」とアスラは言います。
彼は長い修行の果てに想像を絶する力を手にしていましたから、
間違っても女に殺されることはない、と自信を持っていました。
「解った。お前の命は女によって奪われるものとしよう」
ブラフマーはそういい残して消えました。
アスラはこれで不老不死を得たと同じだ、と考え狂気乱舞します。
そして野望である天界の征服をあっさりと果たしてしまいます。
シバをはじめとする天界の神々はアスラの軍の前で、
瀕死の状態にまで追い込まれてしまいます。
キズだらけの夫を見かねたパールバティはドゥルガーになって参戦します。
たちまち多くの敵をなぎ倒しますが、ドゥルガーをもってしても
アスラには歯が立たなかったのです。
しかしドゥルガーはあきらめません
地上におりたち、その両足を2つの山に乗せ、。
そして少しずつ自分のサリーをまくり上げ、ついには輝く秘部をアスラに見せます。
アスラは戦う姿勢をやめ、その姿に目を奪われてしまいます。
次の瞬間、アスラは命をドゥルガーに奪われてしまいました。
こうして平穏は取り戻されたのですが、本当の恐怖はここから始まります。
いくらアスラを倒すためとは言え、自分の秘部をさらしたことに
大変な恥じらいと後悔でドゥルガーの人格は追い詰められていきます。
長く苦しんだ果てに、ドゥルガーの中から黒い姿をした殺戮と恐怖の神「カーリー」が
生み出されるのです。
強く無邪気なカーリーは、ただ純粋に殺戮を繰り返します。
右手には血が滴る剣、第2の右手には三叉戟を持ち、
左手には切り落とした生首や、生首から流れ落ちる血を受け止
める骸骨などを持っている。首には、生首を繋いだネックレス。
裸体を覆う腰巻きは、切り取った手足です (゜ロ゜;)
ドゥルガーから生み出されたカーリーは、手当たり次第に殺戮を繰り返しました。
ところが、こともあろうにこんなカーリーに歯向かう悪魔がいたのです。
彼の名は「ラクタビージャ」
彼には勝算があったのです。彼の血が地上に落ちると、その数だけ
ラクタビージャのクローンができるという特技を持っていました。
そうとは知らずにカーリーはラクタビージャを切り続けます。
次第に彼女の周りは無数のラクタビージャで埋め尽くされてしまいました。
そのことに気づいたカーリーは戦法を変えます。
ラクタビージャを片っ端に丸呑みしはじめたのです。
こうして最後の一体まできれいに飲み込み、ラクタビージャは絶命しました。
血に酔いしれたカーリーは勝利のダンスを踊り始めます。
そのダンスの激しさで、世界は大きく揺れ動き、壊れ始めます。
多くの神々がそれを止めようとしますが、カーリーの力の強さと、
その残虐性に手も足も出せません。しかたなく夫のシバに泣きつくのです。
「なんとかしてくれへんか・・T,T」
「わかった」ということで、シバはカーリーの足元に寝そべり、彼女のダンスの振動を
すべて吸収しました。そのあとカーリーはシバを踏みつけたことに気づき
「ゴメンゴメン。うっかりふんじゃった」ということで舌をペロリと出すのです。
なんとなくカワイイような・・・
さて・・・アスラという暴力的で好戦的な炎の神がいました。
彼は非常に長く苦しい修行を続け、いよいよ満願の日を迎えました。
するとそこへブラフマーが現れたのです。
ブラフマーはアスラに言いました
「願いをひとつかなえてやろう」するとアスラは
「不老不死にしてくれ」と言います。
「それは無理だ。違う願いにしろ」ブラフマーは彼の強引な言葉にたじろぎます。
「それなら、オレは女に命を奪われて死にたい」とアスラは言います。
彼は長い修行の果てに想像を絶する力を手にしていましたから、
間違っても女に殺されることはない、と自信を持っていました。
「解った。お前の命は女によって奪われるものとしよう」
ブラフマーはそういい残して消えました。
アスラはこれで不老不死を得たと同じだ、と考え狂気乱舞します。
そして野望である天界の征服をあっさりと果たしてしまいます。
シバをはじめとする天界の神々はアスラの軍の前で、
瀕死の状態にまで追い込まれてしまいます。
キズだらけの夫を見かねたパールバティはドゥルガーになって参戦します。
たちまち多くの敵をなぎ倒しますが、ドゥルガーをもってしても
アスラには歯が立たなかったのです。
しかしドゥルガーはあきらめません
地上におりたち、その両足を2つの山に乗せ、。
そして少しずつ自分のサリーをまくり上げ、ついには輝く秘部をアスラに見せます。
アスラは戦う姿勢をやめ、その姿に目を奪われてしまいます。
次の瞬間、アスラは命をドゥルガーに奪われてしまいました。
こうして平穏は取り戻されたのですが、本当の恐怖はここから始まります。
いくらアスラを倒すためとは言え、自分の秘部をさらしたことに
大変な恥じらいと後悔でドゥルガーの人格は追い詰められていきます。
長く苦しんだ果てに、ドゥルガーの中から黒い姿をした殺戮と恐怖の神「カーリー」が
生み出されるのです。
強く無邪気なカーリーは、ただ純粋に殺戮を繰り返します。
右手には血が滴る剣、第2の右手には三叉戟を持ち、
左手には切り落とした生首や、生首から流れ落ちる血を受け止
める骸骨などを持っている。首には、生首を繋いだネックレス。
裸体を覆う腰巻きは、切り取った手足です (゜ロ゜;)
ドゥルガーから生み出されたカーリーは、手当たり次第に殺戮を繰り返しました。
ところが、こともあろうにこんなカーリーに歯向かう悪魔がいたのです。
彼の名は「ラクタビージャ」
彼には勝算があったのです。彼の血が地上に落ちると、その数だけ
ラクタビージャのクローンができるという特技を持っていました。
そうとは知らずにカーリーはラクタビージャを切り続けます。
次第に彼女の周りは無数のラクタビージャで埋め尽くされてしまいました。
そのことに気づいたカーリーは戦法を変えます。
ラクタビージャを片っ端に丸呑みしはじめたのです。
こうして最後の一体まできれいに飲み込み、ラクタビージャは絶命しました。
血に酔いしれたカーリーは勝利のダンスを踊り始めます。
そのダンスの激しさで、世界は大きく揺れ動き、壊れ始めます。
多くの神々がそれを止めようとしますが、カーリーの力の強さと、
その残虐性に手も足も出せません。しかたなく夫のシバに泣きつくのです。
「なんとかしてくれへんか・・T,T」
「わかった」ということで、シバはカーリーの足元に寝そべり、彼女のダンスの振動を
すべて吸収しました。そのあとカーリーはシバを踏みつけたことに気づき
「ゴメンゴメン。うっかりふんじゃった」ということで舌をペロリと出すのです。
なんとなくカワイイような・・・
(http://www12.ocn.ne.jp/~painters/okusan.html より転載)
出典元はなんだろうと思って、図書館で探しましたが、こんなに面白いお話をみつけることができず、そのまま個人様サイトから転送させていただきました。
出典元はなんだろうと思って、図書館で探しましたが、こんなに面白いお話をみつけることができず、そのまま個人様サイトから転送させていただきました。
クンダリーニ・メディテーション
クンダリーニ瞑想って ......
OSHOのガイドは下記に転載させていただいてますが、
わたしはクンダリーニ・メディテーション、OSHOの瞑想の中でも好きな瞑想で、
まずクンダリーニを、身体をシェイクすることで刺激して活性化させて(って言ってもはっきりクンダリーニがなんなのか、わたし自身わかってるわけじゃ、ありませんが .... )そのエネルギーにまかせて好きに踊って、昇天する。
クンダリーニは蛇に例えられたりするのですが、蛇の動きみたいに楽に腰がクネクネなるので踊っててすごく気持ちがいいです。
普通に踊ってたらそこまでの状態になるのにけっこうな時間かかるし、心理的な障害物もあったりしますよね。それを、身体に効果的に働きかけることで、現代人のために比較的容易に踊りに入れるようにメソッドが構築されてる。そこがOSHOの瞑想の科学的なところで。
ところで、クンダリーニとは(⇨ https://ja.wikipedia.org/wiki/クンダリニー)
踊りでイッたことない人には、ぜひおすすめな瞑想です (^^)
溜まってたエネルギーを踊りで発散(昇華と言ってしまっていいのかどうかわかりませんが .... )した後は、座っての瞑想 。エネルギーを解放した後に座るので、瞑想に入りやすいです。
例えばダンサーって、筋肉をトレーニングして、身体を改造人間のようにつくっていきます。本格的なダンサーってシリアスに訓練するので、こころもカラダも緊張しがち。特に、骨盤底筋を鍛えるので腰回りが固くなっちゃいます。
クンダリーニ・メディテーションってそんな訓練された身体の緊張を解きほぐすのにも、最適な方法だと、わたしは思います ♪
めったなことじゃクンダリーニが覚醒するなんてことはないので、気軽に参加してみてください。
勝手なこと言ってますが、以下クンダリーニ・メディテーションについての、OSHOのガイダンスです。
クンダリーニ・メディテーションはイベントの2日目です。⇨ http://bettybearscabaret.blogspot.jp/2015/06/blog-post_2.html
『震えなさい」』と私が言う時、あなたの固さ、岩のような存在がまさにその根底から震え、それが流動体に、液体になり、溶けて流れるようになるべきだと言っている。そして、岩のような存在が流動体になる時、あなたの身体はそれに従うだろう。その時、あなたが震わせる必要はなく、震動だけがある。誰もそれをしてはいない。震えはただ起こっている。それをしている者はいない」 Osho
OSHOのガイドは下記に転載させていただいてますが、
わたしはクンダリーニ・メディテーション、OSHOの瞑想の中でも好きな瞑想で、
まずクンダリーニを、身体をシェイクすることで刺激して活性化させて(って言ってもはっきりクンダリーニがなんなのか、わたし自身わかってるわけじゃ、ありませんが .... )そのエネルギーにまかせて好きに踊って、昇天する。
クンダリーニは蛇に例えられたりするのですが、蛇の動きみたいに楽に腰がクネクネなるので踊っててすごく気持ちがいいです。
普通に踊ってたらそこまでの状態になるのにけっこうな時間かかるし、心理的な障害物もあったりしますよね。それを、身体に効果的に働きかけることで、現代人のために比較的容易に踊りに入れるようにメソッドが構築されてる。そこがOSHOの瞑想の科学的なところで。
ところで、クンダリーニとは(⇨ https://ja.wikipedia.org/wiki/クンダリニー)
踊りでイッたことない人には、ぜひおすすめな瞑想です (^^)
溜まってたエネルギーを踊りで発散(昇華と言ってしまっていいのかどうかわかりませんが .... )した後は、座っての瞑想 。エネルギーを解放した後に座るので、瞑想に入りやすいです。
例えばダンサーって、筋肉をトレーニングして、身体を改造人間のようにつくっていきます。本格的なダンサーってシリアスに訓練するので、こころもカラダも緊張しがち。特に、骨盤底筋を鍛えるので腰回りが固くなっちゃいます。
クンダリーニ・メディテーションってそんな訓練された身体の緊張を解きほぐすのにも、最適な方法だと、わたしは思います ♪
めったなことじゃクンダリーニが覚醒するなんてことはないので、気軽に参加してみてください。
勝手なこと言ってますが、以下クンダリーニ・メディテーションについての、OSHOのガイダンスです。
クンダリーニ・メディテーションはイベントの2日目です。⇨ http://bettybearscabaret.blogspot.jp/2015/06/blog-post_2.html
OSHO KUNDALINI MEDITATION
Oshoダイナミック・メディテーションの「姉妹の瞑想」として知られる、この1時間の瞑想は、日没時、あるいは午後の遅い時間に行なうのがベストです。身体のどこかでエネルギーの流れが抑圧されたり止められていても、最初のふたつのステージでシェイクとダンスに完全に没頭することで、岩のような実存を「溶かす」のを助けます。するとエネルギーは、流れて踊ることができるようになり、至福と喜びに変容されます。後半のふたつのステージでは、このすべてのエネルギーが垂直に流れ、沈黙に向かって上昇して行けるようにします。それは、一日の終わりに緊張をほどいて手放しになるための、非常に効果的な方法です。
OSHO によるシェイクの説明
「振動が起こるまま、まかせなさい。それをやってはいけない。静かに立ち、振動がやって来るのを感じなさい。そして体が少し震え出したら、それを助けるのはいいが、あなたがやってはならない。それを楽しみ、その至福を感じ、それを許し、受け取り、歓迎しなさい。でも意図してはならない。
もし震動を強いたら、それは一種の運動、体操のようなものになってしまう。その時、震えはあっても、それはただ表面的なものだ。それはあなたに深く浸透してゆかない。あなたは内側では、石や岩のように硬いままだ。あなたは操作する者、行為者のままで、身体はただそれに従っているだけだ。身体が問題ではなく、あなたが問題なのだ。『震えなさい」』と私が言う時、あなたの固さ、岩のような存在がまさにその根底から震え、それが流動体に、液体になり、溶けて流れるようになるべきだと言っている。そして、岩のような存在が流動体になる時、あなたの身体はそれに従うだろう。その時、あなたが震わせる必要はなく、震動だけがある。誰もそれをしてはいない。震えはただ起こっている。それをしている者はいない」 Osho
インストラクション
この瞑想は、4つのステージからなる1時間の瞑想です。
第1ステージ 15分間
ゆったりと立ち、エネルギーが足元から上昇して来るのを感じながら、全身を振動させましょう。身体のあらゆる部分が、手放し状態で開放されるのを許し、振動そのものになります。目は閉じても、開けていてもかまいません。
第2ステージ 15分間
感じるままに踊りましょう。身体全体を、それが動きたいように動かしましょう。ここでも、目は閉じても開いたままでもかまいません。
第3ステージ 15分間
座るか立ったままで、目を閉じて静止します。内側と外側で起こっているすべてを目撃し、観照したままでいます。
第4ステージ 15分間
目を閉じたまま横たわり、静止します。
(www.osho.comより転載)
ラベル:
meditation,
OSHO,
インド,
クンダリーニ,
瞑想
2015年6月22日月曜日
見つけた 何を? 永遠を 太陽に溶けこむ byランボー
さて、OSHOの瞑想といえば、ほとんどの瞑想テクニックにダンスが取り入れられています。
今回のWSでも、1日目はボーンアゲイン瞑想の前にダンスタイムがあり、2日目のクンダリーニ瞑想の中でもダンスはあります。
OSHOの講話を弟子たちがまとめた本の中に『Meditation ~the first and last freedom~』という、OSHOの数々の瞑想法が紹介されている本があります。(日本語翻訳は『新瞑想法入門』)
その中に、ダンスについて書かれたところがあるので、ここに紹介させていただこうと思います。翻訳、ちょっと下手でごめんなさい☆
今回のWSでも、1日目はボーンアゲイン瞑想の前にダンスタイムがあり、2日目のクンダリーニ瞑想の中でもダンスはあります。
OSHOの講話を弟子たちがまとめた本の中に『Meditation ~the first and last freedom~』という、OSHOの数々の瞑想法が紹介されている本があります。(日本語翻訳は『新瞑想法入門』)
その中に、ダンスについて書かれたところがあるので、ここに紹介させていただこうと思います。翻訳、ちょっと下手でごめんなさい☆
瞑想としてのダンス
〜ダンスの中に消え去る〜
エゴの中心である踊り手を忘れて、ダンスそのものになってごらん。
“あなた”がダンスしているということを完全に忘れるくらい、深く踊りに入っていきなさい。そうすると、あなたがダンスそのものだということを感じ始める。
分かれているという感覚は消えていくだろう。そしてそれが瞑想となる。
もし、分かれているという感覚がそこにあれば、それはただのエクササイズ、体操だ。
それはただの深みのない単純なダンスだ。
ダンスそれ自体は良いものだ。
ダンスをした後は、リフレッシュして気分が良い。
しかし、それだけでは深みがない。
ダンサーはダンスだけが残るまで、消え去らないといけない。
So, what to do ?
全身全霊でダンスに入っていきなさい。
なぜなら、分離はあなたが全身全霊じゃない時に存在するからだ。
もしあなたが、脇に立ってあなた自身のダンスを見ているのなら、分離は残るだろう。
あなたはダンサーで、ダンスを踊っているにしかすぎない。
あなたは何か演技をしている。何かをあなたはやっている。
それはあなたの存在(being)ではない。
完全に巻き込まれなさい。ひとつになりなさい。
脇に立って傍観するのではなく、入っていきなさい。
それは“参加する”ということだ。
そう、だけど、それって簡単にできること? そんなに自我の解放って易しいこと?
ただ、OSHOの瞑想法は、抑圧してる感情を表に出したり、心の奥にある無意識かの記憶を呼び起こしたり、頭にばかり上ってしまうエネルギーを、ハートに降ろしたり... そういうことを身体への働きかけや、言葉を使うことで促します。それは、古代から受け継がれてるアートと、現代心理学でも使われている、科学に裏付けられたワークが融合したようなテクニックだったりします。
わたしがショックだったのは、インドのバラナシで出会った男性が見せてくれた、OSHOのコミューンで写したという写真(ほんとは写真撮影禁止です)。
わたしがショックだったのは、インドのバラナシで出会った男性が見せてくれた、OSHOのコミューンで写したという写真(ほんとは写真撮影禁止です)。
そこには、文明化されてるはずの西洋人が、どこかの部族の原住民みたいに激しく踊っている様子が写された写真。その踊りのすさまじいオーラまでも写ってるのを見て、ただごとではないな〜 と。
そして、何日か前に、バラナシでばったり再会したシンさん(『OSHOとの出会い②』を参照)に、その写真のことを話しました。
シンさんが言うには、「世界のレイブやパーティーシーンの発祥はGOAだから。」と。
GOAという街は言わずと知れた、70年代にヒッピーやパーティーフリークスが集まった街だけど、GOAはOSHOコミューンの西に位置するビーチ沿いの街で、コミューンのあるPUNEから1番近いビーチ。
サニヤシン達が、GOAで始めたパーティーが世界のレイブカルチャーの始まりだということ。
初期のレイブは、ダンスに深く入ることで、マインドと向き合いながら、自分の核の部分への旅を意識しながら踊ってた人がたくさんいたと聞きます。それがトランスなのであって、お行儀の悪いクレイジーなパーティーが、もともとのトランスパーティーなのではありません。
クラブカルチャーとして、ダンスがあって、会話があって、コミュニケーションとしてのパーティーも、都会的で好きだけど、それだけじゃもの足りないなぁ と、ただ思うこともあります。
そして、OSHOの瞑想は、慎重な人ほど向いてると思う。
例えば舞台や、人生そのものの舞台の中で、狂いたいけど狂えない、感情を解き放ちたいのに抑圧してしまう。
頭で考えるよりも、もっと身体に素直になりたい、最近いろいろと忙しくて、自分が何を感じてるのかわからなくなった .... どうにかしたい、という時に、他人は何もジャッジしない(他の人へのジャッジメントは、自分自身の瞑想の妨げになるという前提において)中で、安全が確保されてる場所でそれができる、という意味で。
meditation(瞑想)と medicine(薬)は、どちらも同じ語源のmediで始まる言葉。
そして踊りは、神様とのセックスだと思う。
(ハシオリスギ ☆)
ちなみにタイトルのランボーの詩。
ゴダールの映画『気狂いピエロ』の最後に出てくる詩。大好きな映画♡
ラベル:
dance,
meditation,
OSHO,
インド,
瞑想
2015年6月21日日曜日
クリシュナとラーダー 〜 恋愛から信仰へ〜
『ギータ・ゴヴィンダ』解説より
牛飼いの乙女ラーダとヴィシュヌ神の化身であるクリシュナの恋物語『ギータ・ゴヴィンダ』は、12世紀の東インドの詩人ジャヤデーヴァによるサンスクリット文学史の最後を飾る叙事詩である。
恋人に自分をおいてほかの牛飼い女たちと戯れるクリシュナに嫉妬し思い悩むラーダーは、親しい女友だちに心のうちを綿々と語るが、女友達のとりなしで、やがてクリシュナの心もラーダーのもとに帰り、両者は再び結ばれる、という比較的単純な内容から、サンスクリット語の可能性を極限まで追求したともいえる技巧によって独特の世界を創造し、普及の名声を残した。
この作品は、クリシュナ信仰の発展と並行して、インド全域まで広く愛され謳われた。後世への影響ははかりしれない。文学史、宗教詩の分野ではいうまでもなく、音楽、舞踊、美術に格好の題材を提供し、特に美しい細密画に彩られた多くの本が残されている。
1 作品の成立年代とその背景
省略
2 作品の流行
15世紀までには、プリーで『ギータ・ゴヴィンダ』は非常に親しまれるものとなり、ジャガンナータ寺院に残された1499年の碑文は、『ギータ・ゴヴィンダ』が寺院の中で演じられていたことを記録している。
東インドの外への広がりについては、早くもグジャラート地方の13世紀末の碑文がこの作品の一節を引用しており、また15、16世紀に帰せられる、現存する比較的古い写本がグジャラート、ネパールに伝わっていることなどから、16世紀までには、『ギータ・ゴヴィンダ』 が北インド一帯に広まっていたことがわかる。
16世紀初めには、熱狂的なクリシュナ・ラーダ信者であり、後にはクリシュナまたはクリシュナとラーダーの化身ともみなされるチャイタニアが、プリーを訪れ定住する。彼の伝記は、チャイタニアが『ギータ・ゴヴィンダ』をとても愛し尊んだことを伝えているが、このことはその後この作品の歴史に大きな影響を与えた。チャイタニアの弟子たちは、クリシュナが幼・少年期を過ごし、ラーダーとの恋の舞台ともなっているブラジ地方に移住した者と、ベンガル・オリッサ地方にとどまった者に分かれたが、両派においてこの作品の様々な神学的解釈が試みられた。また、チャイタニア派の影響を受けて、ベンガル地方の仏教タントラの伝統とクリシュナ・ラーダー信仰を融合させたサハジャー派では、この作品は聖典の一つとされている。
南インドにいつ頃伝わったのかは定かではないが、南インドのヴィシュヌ・クリシュナ信仰の聖典であるアールワールの詩や『バーガヴァタ・ブラーナ』とともに、『ギータ・ゴヴィンダ』はバジャン(神への讃歌などで信仰心をたかめる集会)や舞踊・音楽において好んで取り上げられる作品の一つとなっている。
3、4、5も省略
男と女の秘密が書かれてるので、ここでは割愛します ♪
6 クリシュナとラーダー ---- 恋愛から信仰へ
(略)
ジャヤデーヴァが『ギータ・ゴヴィンダ』にどれほどの宗教的な意図を込めたかは読者の判断にまかせたいが、ただヒンドゥー教においてはエロスとバクティは決して矛盾するものではない。それを端的に示すのがこの作品、恋愛の精髄を嫉妬や苦悩とともに官能的に描き出しながら、同時に信仰の書ともされる、この『ギータ・ゴヴィンダ』であろう。
なんとなくノリで始めたこの企画だけど .....
ベンガル地方のチャイタニア信仰の... って、わたしが滞在してたインドの村の辺りのことで。
直感的にわかってはいたけど、サンスクリット語もベンガル語もわからないし、その村の土着的な信仰について、何が根拠になってるかなんて、聖人チャイタニアが住んでた土地なこと、ヴィシュヌの化身であるクリシュナ信仰、そしてベンガル州ということもあってカーリー信仰も強いところで、くらいしか知らなかった。
音楽は朝夕、バウルの音楽やバジャンがいろんなところから聞こえてくるし、村に住んでる人たちとのやりとりも、まるで戯曲のようで。美しいバラモンの少年と、村の人たちに「マハラージ」と呼ばれるそのお父さんとの生活は、まるでおとぎ話のようで、『ギータ・ゴヴィンダ』のような聖典が親しまれる中で育まれてきたカルチャーだというのはすごく納得、なのです。
そのうち『ギータ・ゴヴィンダ』ツアー やりましょぅ♪
牛飼いの乙女ラーダとヴィシュヌ神の化身であるクリシュナの恋物語『ギータ・ゴヴィンダ』は、12世紀の東インドの詩人ジャヤデーヴァによるサンスクリット文学史の最後を飾る叙事詩である。
恋人に自分をおいてほかの牛飼い女たちと戯れるクリシュナに嫉妬し思い悩むラーダーは、親しい女友だちに心のうちを綿々と語るが、女友達のとりなしで、やがてクリシュナの心もラーダーのもとに帰り、両者は再び結ばれる、という比較的単純な内容から、サンスクリット語の可能性を極限まで追求したともいえる技巧によって独特の世界を創造し、普及の名声を残した。
この作品は、クリシュナ信仰の発展と並行して、インド全域まで広く愛され謳われた。後世への影響ははかりしれない。文学史、宗教詩の分野ではいうまでもなく、音楽、舞踊、美術に格好の題材を提供し、特に美しい細密画に彩られた多くの本が残されている。
1 作品の成立年代とその背景
省略
2 作品の流行
15世紀までには、プリーで『ギータ・ゴヴィンダ』は非常に親しまれるものとなり、ジャガンナータ寺院に残された1499年の碑文は、『ギータ・ゴヴィンダ』が寺院の中で演じられていたことを記録している。
東インドの外への広がりについては、早くもグジャラート地方の13世紀末の碑文がこの作品の一節を引用しており、また15、16世紀に帰せられる、現存する比較的古い写本がグジャラート、ネパールに伝わっていることなどから、16世紀までには、『ギータ・ゴヴィンダ』 が北インド一帯に広まっていたことがわかる。
16世紀初めには、熱狂的なクリシュナ・ラーダ信者であり、後にはクリシュナまたはクリシュナとラーダーの化身ともみなされるチャイタニアが、プリーを訪れ定住する。彼の伝記は、チャイタニアが『ギータ・ゴヴィンダ』をとても愛し尊んだことを伝えているが、このことはその後この作品の歴史に大きな影響を与えた。チャイタニアの弟子たちは、クリシュナが幼・少年期を過ごし、ラーダーとの恋の舞台ともなっているブラジ地方に移住した者と、ベンガル・オリッサ地方にとどまった者に分かれたが、両派においてこの作品の様々な神学的解釈が試みられた。また、チャイタニア派の影響を受けて、ベンガル地方の仏教タントラの伝統とクリシュナ・ラーダー信仰を融合させたサハジャー派では、この作品は聖典の一つとされている。
南インドにいつ頃伝わったのかは定かではないが、南インドのヴィシュヌ・クリシュナ信仰の聖典であるアールワールの詩や『バーガヴァタ・ブラーナ』とともに、『ギータ・ゴヴィンダ』はバジャン(神への讃歌などで信仰心をたかめる集会)や舞踊・音楽において好んで取り上げられる作品の一つとなっている。
3、4、5も省略
男と女の秘密が書かれてるので、ここでは割愛します ♪
6 クリシュナとラーダー ---- 恋愛から信仰へ
(略)
ジャヤデーヴァが『ギータ・ゴヴィンダ』にどれほどの宗教的な意図を込めたかは読者の判断にまかせたいが、ただヒンドゥー教においてはエロスとバクティは決して矛盾するものではない。それを端的に示すのがこの作品、恋愛の精髄を嫉妬や苦悩とともに官能的に描き出しながら、同時に信仰の書ともされる、この『ギータ・ゴヴィンダ』であろう。
なんとなくノリで始めたこの企画だけど .....
ベンガル地方のチャイタニア信仰の... って、わたしが滞在してたインドの村の辺りのことで。
直感的にわかってはいたけど、サンスクリット語もベンガル語もわからないし、その村の土着的な信仰について、何が根拠になってるかなんて、聖人チャイタニアが住んでた土地なこと、ヴィシュヌの化身であるクリシュナ信仰、そしてベンガル州ということもあってカーリー信仰も強いところで、くらいしか知らなかった。
音楽は朝夕、バウルの音楽やバジャンがいろんなところから聞こえてくるし、村に住んでる人たちとのやりとりも、まるで戯曲のようで。美しいバラモンの少年と、村の人たちに「マハラージ」と呼ばれるそのお父さんとの生活は、まるでおとぎ話のようで、『ギータ・ゴヴィンダ』のような聖典が親しまれる中で育まれてきたカルチャーだというのはすごく納得、なのです。
そのうち『ギータ・ゴヴィンダ』ツアー やりましょぅ♪
(『OSHOとの出会い』の続きは、それほど反響あるわけではないので、なぜカミングアウトしたのか意図も受け取っていただけたのじゃないかなぁとも思うし、また機会やご要望あれば .... ということで保留 ♪)
最後まで読んでいただいて、ありがとうございます。
インド舞踊のワークショップとmeditationの情報詳細は⇨ コチラ
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